宮城三菱自動車販売株式会社「Waku Waku カーライフ応援します!」MIYAGI MITSUBISHI MOTOR SALES

会長千田満穂よりご挨拶

2011年3月11日。
あの未曾有の大震災によって、美しい気仙沼の風景が、多くの尊い人命とともになくなってしまいました。
そして私どもも、これまでお付合い頂いた大切なお客様の多数と、関連会社を含む4つの店舗を失うことになりました。
およそ50年前、気仙沼の地にて本当に何もないところから一つずつ命がけで作り上げてきたものが、たった一日にして姿をなくしてしまい、まさに言葉にならない状況でした。

しかしこれまで苦楽を共にしてきた社員たちが全員無事であったことや、震災直後より頂いた全国各地からの支援や励ましの声、そして何より今日まで私を育てて下さった気仙沼市への愛情が一気に湧き出し、「自分は一人ではない。お客様や社員、地域のために必ず復興させてやる」という思いでいっぱいになりました。

その日から2年余り、多くの皆さんに支えられながら、いつ桜が咲き、いつ雪が降ったかも分からぬほど集中した時間を過ごしました。70歳を過ぎた身体にはいささか堪えますが、「自分の人生の集大成」として地域の復興にこれからも取り組んでいこうと思っています。

私には商売しかありません。
まさに命がけの商売を通じて、お客様・社員の笑顔を一つずつ増やしていくことが気仙沼市復興の道であると信じています。

2012年2月1日に気仙沼三菱自動車は、これまで100%子会社であった宮城三菱自動車と合併し、新生「宮城三菱自動車」として新たなスタートを切りました。
宮城県一円をカバーすることとなるため本社は仙台として、この機会に長男に社長を任せました。
三菱自動車より「気仙沼三菱自動車販売株式会社」の称号を頂いた時、私は39歳でした。
まだまだ若造ですが長男も39歳となった機会に、これも一つの運命と思って決断した次第です。
どうぞ皆様からも温かく厳しい目で育ててあげて下さい。

「気仙沼三菱自動車」という会社は35年の歴史に幕を閉じ、「宮城三菱自動車・気仙沼店」となり、私は代表取締役会長となりました。それでも私は気仙沼を離れるつもりはありません。
これまで同様に、妻や社員、そして地域の仲間と共に、この気仙沼の地で商売を続けて参ります。

これまでお世話になった、すべての方々に改めて感謝を申し上げ、今後も変わらぬお付合いをお願いする次第です。

復興のため、今こそ頑張ろう、気仙沼!!

宮城三菱自動車販売株式会社
代表取締役会長 千田 満穂

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